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じんせいろんノート
人生論ノート
三木 清
下記以外「文學界」文藝春秋社、1938(昭和13)年6月~1941(昭和16)年10月<br>個性について「哲學研究 第五十二號 第五卷 第七册」京都哲學會、寶文館、1920(大正9)年7月1日<br>後記「人生論ノート」創元社、1941(昭和16)年8月11日<br>旅について 不詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,023 字 · 143 页
条件がないということがそれを天与のものと思わせる根本的な理由である。
プラトンはソクラテスがポティダイアの陣営において一昼夜立ち続けて瞑想に耽ったということを記している。その時ソクラテスはまさに瞑想したのであって、思索したのではない。彼が思索したのは却って彼が市場に現われて誰でもを捉えて談論した時である。思索の根本的な形式は対話である。ポティダイアの陣営におけるソクラテスとアテナイの市場におけるソクラテス――これほど明瞭に瞑想と思索との差異を現わしているものはない。
思索と瞑想との差異は、ひとは思索のただなかにおいてさえ瞑想に陥ることがあるという事実によって示されている。
瞑想には過程がない。この点において、それは本質的に過程的な思索と異っている。
すべての瞑想は甘美である。この故にひとは瞑想を欲するのであり、その限りすべての人間はミスティシズムに対する嗜好をもっている。けれども瞑想は本来我々の意欲に依存するものではない。
すべての魅力的な思索の魅力は瞑想に、このミスティックなもの、形而上学的なものにもとづいている。その意味においてすべての思想は、元来、甘いものである。