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にんげんいす
人間椅子
江戸川 乱歩
「苦楽」プラトン社、1925(大正14)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,920 字 · 30 页
私は昨夜、この手紙を書く為に、お邸を抜け出しました。面と向って、奥様にこんなことをお願いするのは、非常に危険でもあり、且つ私には迚も出来ないことでございます。
そして、今、あなたがこの手紙をお読みなさる時分には、私は心配の為に青い顔をして、お邸のまわりを、うろつき廻って居ります。
若し、この、世にも無躾なお願いをお聞き届け下さいますなら、どうか書斎の窓の撫子の鉢植に、あなたのハンカチをおかけ下さいまし、それを合図に、私は、何気なき一人の訪問者としてお邸の玄関を訪れるでございましょう。
そして、このふしぎな手紙は、ある熱烈な祈りの言葉を以て結ばれていた。
佳子は、手紙の半程まで読んだ時、已に恐しい予感の為に、まっ青になって了った。
そして、無意識に立上ると、気味悪い肘掛椅子の置かれた書斎から逃げ出して、日本建ての居間の方へ来ていた。手紙の後の方は、いっそ読まないで、破り棄てて了おうかと思ったけれど、どうやら気懸りなままに、居間の小机の上で、兎も角も、読みつづけた。
彼女の予感はやっぱり当っていた。
これはまあ、何という恐ろしい事実であろう。彼女が毎日腰かけていた、あの肘掛椅子の中には、見も知らぬ一人の男が、入っていたのであるか。