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いまどしんじゅう

今戸心中

広津 柳浪

「文芸倶楽部」1896(明治29)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,688 字 · 74 页

青空文庫

朝の寒さはひとしおである。西向きの吉里が室の寒さは耐えられぬほどである。吉里は二ツ三ツ続けて嚏をした。

「風を引くよ」と、善吉はわれを覚えず吉里の枕もとに近づき、「こんなことをしてるんだもの、寒いはずだ。私が着せてあげよう。おい、吉里さん。吉里さん、風を引くよ」

吉里は袖を顔に当てて俯伏し、眠てるのか眠てないのか、声をかけても返辞をせぬところを見ると、眠てるのであろうと思ッて、善吉はじッと見下した。

雪よりも白い領の美くしさ。ぽうッとしかも白粉を吹いたような耳朶の愛らしさ。匂うがごとき揉上げは充血くなッた頬に乱れかかッている。袖は涙に濡れて、白茶地に牛房縞の裏柳葉色を曇らせている。島田髷はまったく根が抜け、藤紫のなまこの半掛けは脱れて、枕は不用もののように突き出されていた。

善吉はややしばらく瞬きもせず吉里を見つめた。

長鳴するがごとき上野の汽車の汽笛は鳴り始めた。

「お、汽車だ。もう汽車が出るんだな」と、善吉はなお吉里の寝顔を見つめながら言ッた。

「どうしようねえ。もう汽車が出るんだよ」と、泣き声は吉里の口から漏れて、つと立ち上ッて窓の障子を開けた。