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いまどしんじゅう
今戸心中
広津 柳浪
「文芸倶楽部」1896(明治29)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,688 字 · 74 页
「平田さんが今おいでなさッたから、お梅どんをじきに知らせて上げたんだよ」
「そう。ありがとう。気休めだともッたら、西宮さんは実があるよ」
「早く奥へおいでな」と、小万は懐紙で鉄瓶の下を煽いでいる。
吉里は燭台煌々たる上の間を眩しそうに覗いて、「何だか悲アしくなるよ」と、覚えず腮を襟に入れる。
「顔出しだけでもいいんですから、ちょいとあちらへおいでなすッて下さい」と、例のお熊は障子の外から声をかけた。
「静かにしておくれ。お客さまがいらッしゃるんだよ」
「御免なさいまし」と、お熊は障子を開けて、「小万さんの花魁、どうも済みませんね」と、にッこり会釈し、今奥へ行こうとする吉里の背後から、「花魁、困るじゃアありませんか」
「今行くッたらいいじゃアないか。ああうるさいよ」と、吉里は振り向きもしないで上の間へ入ッた。
客は二人である。西宮は床の間を背に胡座を組み、平田は窓を背にして膝も崩さずにいた。
西宮は三十二三歳で、むッくりと肉づいた愛嬌のある丸顔。結城紬の小袖に同じ羽織という打扮で、どことなく商人らしくも見える。
平田は私立学校の教員か、専門校の学生か、また小官員とも見れば見らるる風俗で、黒七子の三つ紋の羽織に、藍縞の節糸織と白ッぽい上田縞の二枚小袖、帯は白縮緬をぐいと緊り加減に巻いている。