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いまどしんじゅう
今戸心中
広津 柳浪
「文芸倶楽部」1896(明治29)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,688 字 · 74 页
一杯受けてもらいたいものですな。ははははは。私なんざア流連をする玉でないんだから、もうじきにお暇とするんだが、花魁今朝だけは器用に快よく受けて下さいな。これがお別れなんだ。今日ッきりもうお前さんと酒を飲むこともないんだから、器用に受けて、お前さんに酌をしてもらやアいい。もう、それでいいんだ。他に何にも望みはないんだ。改めて献げるから、ねえ吉里さん、器用に受けて下さい」
善吉は注置きの猪口を飲み乾し、手酌でまた一杯飲み乾し、杯泉でよく洗ッて、「さア献げるよ。今日ッきりなんだ。いいかね、器用に受けて下さい」
吉里は猪口を受けて一口飲んで、火鉢の端に置いて、じっと善吉を見つめた。
吉里は平田に再び会いがたいのを知りつつ別離たのは、死ぬよりも辛い――死んでも別離る気はなかッたのである。けれども、西宮が実情ある言葉、平田が四苦八苦の胸の中、その情に迫られてしかたなしに承知はした。承知はしたけれども、心は平田とともに平田の故郷に行くつもりなのである――行ッたつもりなのである。けれども、別離て見れば、一しょに行ッたはずの心にすぐその人が恋しく懐愛しくなる。も一度逢うことは出来まいか。