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いまどしんじゅう

今戸心中

広津 柳浪

「文芸倶楽部」1896(明治29)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,688 字 · 74 页

青空文庫

紙入れに五円ばかり入ッている。それが私しの今の身性残らずなんだ。昨夜の勘定を済まして、今日一日遊ばれるかしら。遊ばれるだけにして、どうか置いて下さい。一文も残らないでもいい。今晩どッかへ泊るのに、三十銭か四十銭も残れば結構だが……。何、残らないでもいい。ねえ、吉里さん、そうしといて下さいな」と、善吉は顔を少し赧めながらしかも思い入ッた体である。

「よござんすよ」と、吉里は軽く受けて、「遊んでいて下さいよ。勘定なんか心配しないで、今晩も遊んでいて下さいよ。これはよござんすよ」と、善吉の紙入れを押し戻した。

「それはいけない。それはいけない。どうか預かッておいて下さい」

吉里はじッと善吉を見ている。その眼は物を言うかのごとく見えた。善吉は紙入れに手を掛けながら、自分でもわからないような気がしている。

「善さん、私しに委せておおきなさい、悪いようにゃしませんよ。よござんすからね、そのお金はお前さんの小遣いにしておおきなさい。多寡が私しなんぞのことですから、お前さんの相談相手にはなれますまいが、出来るだけのことはきッとしますよ。よござんすか。気を落さないようにして下さいよ。