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けさのゆき

今朝の雪

宮本 百合子

「婦人朝日」1941(昭和16)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,936 字 · 24 页

青空文庫

峯子の心を奪った罫紙の報告らしいものは、もう読んでいた男のポケットにしまわれている。

こんなにどっさりの人間が、みんなそれぞれに我が家への路をいそいでいるのだ。家――わたしのうち――私たちの家。今、峯子が帰ろうとしているアパートへ、出立の前晩、正二が来た。

峯子は、切迫して口かずがすっかり減ってしまった眼をいっぱいに瞠って、黙って正二のためにドアをあけ、彼をなかへ入れた。

初夏のしめっぽい、若葉の匂いがどことなくこもった夜であった。同級生の送別会からまわって来た正二は、まだ麦藁帽には早すぎるが、これではもう重いという風にソフトを無雑作に頭からもぎとって、そこへ放るようにおきながら、自分もそこへあぐらをかいた。

「やっと放免してもらったよ」

「よかったわ」

峯子は、夕方がすぎると、もう正二を待っていた。待って、待って、すっかり仕度してあった筈なのに、いざとなると妙に手順をまごつきながらちょっとした食べものをこしらえようとした。

「峯子、まだだったの」

「そうじゃないけれど……」

「じゃ、いいよ、いいよ、おやめ、やめて早くこっちへおいでよ」

正二はそう云って、止めた。