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けさのゆき
今朝の雪
宮本 百合子
「婦人朝日」1941(昭和16)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,936 字 · 24 页
正二もいなくなってから、とき子との永い相談と、互に力を合わせた骨折のあげく、自分たちの事務所として持つことの出来た粗末なこの一室を、峯子は心から大切に思い愛している。
三台のタイプライター。事務机。仕事椅子。エナメル薬鑵と茶碗が五つ伏さった盆がおいてある円テーブル。壁にピンで貼られている仕事の予定表。一つ一つのものが、とき子か峯子か春代かによってここへ運ばれ、配置されたものであった。偶然によせられたものは一つとしてない。
巨大なオフィス・ビルディングの連った丸の内をかこむ外廊には、種々雑多な程度の、なかには「山かん横丁」という名さえもつ事務所街がかたまっていて、丁度大工場のぐるりに、下請の小工場が犇めいているとおりに、巨大な利益の移動からこぼれる屑によって存在していた。転業したカバン屋の店、時々、店をあける鮨屋、荒物屋などの間にはさまれて、階下には素性のよくわからない合名会社の看板が出ている。この建物は、そういう事務所街から、もう一重も二重もそとの省線駅の近くにあった。電話はその都度五銭ずつ払って、階下のをつかわせて貰い、暖房の設備どころか、弁当の湯さえ自分たちでわかさなければならなかった。