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ぞくしゅう

俗臭

織田 作之助

「海風 第五巻六号」海風社、1939(昭和14)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,630 字 · 70 页

青空文庫

想いは同じだと政江は何か愉しい気持で、炬燵の上に足を伸ばした。その為には、権右衛門の足に触れる必要があった。

権右衛門はしかし、往時を回想しているとはいえ、政江と同じ六百円から十万円貯めるまでの径路ではなく、無一文から六百円作るまでの、いってみれば、政江と結婚する迄のことを回想していたのだ。政江の足が触れた時、彼は、こともあろうに、若い日の恋人の事を考えていたのである。花子のことだ。

道頓堀、太佐衛門橋の橋上であった。その日は、父の歿後、和歌山県湯浅村の故郷を後に、きょうだい散り/\に自活の道を求めて上阪してから丁度十日目だった。職を探すべく千日前の安宿に泊っている内に、所持金を費い果して、その日は朝から何もたべていない。道頓堀川の泥水に川添いの青楼の灯が漸く映る黄昏時のわびしさを頼りなく腹に感じて、ぼんやり橋に凭れかゝっていると、柔く肩をたゝいた者がある。振りかえって、アッ! 咄嗟に逃げようとした。逃げるんかのし、あんたは。紀州訛だが、いや、そのために一層妙になまめいて、忘れもせぬ、それは十日前故郷を出る時お互い別れを告げるのに随分手間の掛った居酒屋の花子だ。