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ぞくしゅう

俗臭

織田 作之助

「海風 第五巻六号」海風社、1939(昭和14)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 34,630 字 · 70 页

青空文庫

自分が離婚するのではないから、自分の手から賀来子に渡す訳には行かぬ、というのだ。離婚するのは権右衛門だ、権右衛門の代理の船司から渡すべきだという理窟は尤もだと、船司は思い、その様にした。こういう千恵造の態度はあるいは皮肉とも生意気とも見えるものだが、船司は、かえって、立派だと思い、何が社会主義者なもんかと感心した。むしろ、成功すれば五万円の保険に加入するという好餌につられて、このいわば生木を割く様な別れ話の立役者になった自分を恥じた。千恵造夫妻のみるからに仲睦じい容子を見るにつけ、この想いは一層強くなった。単に慾で動く人間だと見られたくない為に、船司は、出来得る限りの人情味を見せねばならぬと思うのだった。

こんな船司を児子家では使として期待したのではない。船司は、ちかごろ、同郷の縁を頼りに、児子家に勧誘に来た男だが、居留守を使われると、「では、一寸新聞を拝借」と一枚の新聞紙を何時間もかゝって読み、「お帰り」を待つ、その根の良さと、押しの強さと、物に動じない態度を買われたのだ。もう一つは、船司は五十八歳で、もはや老人といってもよく、だから情にからまされないという点でこういう話に好適だと、その年齢も買われていたのだ。