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ふしゅう
俘囚
海野 十三
「新青年」1934(昭和9)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,938 字 · 31 页
トントンと、長い廊下の上に、あたしの跫音がイヤに高く響く。薄ぐらい廊下灯が、蜘蛛の巣だらけの天井に、ポッツリ点いている。その角を直角に右に曲る。――プーンと、きつい薬剤の匂いが流れて来た。夫の実験室は、もうすぐ其所だ。
夫の部屋の前に立って、あたしは、コツコツと扉を叩いた。――返事はない。
無くても構わない。ハンドルをぎゅっと廻すと、扉は苦もなく開いた。夫は、あたしの訪問することなどを、全然予期していないのだ。だから扉々には、鍵もなにも掛っていない。あたしは、アルコール漬の標本壜の並ぶ棚の間をすりぬけて、ズンズン奥へ入っていった。
一番奥の解剖室の中で、ガチャリと金属の器具が触れ合う物音がした。ああ、解剖室! それは、あたしの一番苦手の部屋であったけれど……。
扉を開けてみると、一段と低くなった解剖室の土間に、果して夫の姿を見出した。
解剖台の上に、半身を前屈みにして、屍体をいじりまわしていた夫は、ハッと面をあげた。白い手術帽と、大きいマスクの間から、ギョロとした眼だけが見える。困惑の目の色がだんだんと憤怒の光を帯びてきた。だが、今夜はそんなことで駭くようなあたしじゃない。