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しんぎについて
信義について
宮本 百合子
「東京大学新聞」1946(昭和21)年7月23日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 2,992 字 · 6 页
日本を今日の全面的破局に導くために、支配者の用いた暴力は、そのように人間ばなれのしたものであった。野呂栄太郎は、その治安維持法によって殺され、その直接の売りわたし手の査問を担当した事件の裁判に当って、自身もまた同じ悪虐な法律のしめなわにかけられ民衆に対する責任と義務と信頼とを裏切る仕儀に陥った。追憶の文章を流暢に書きすすめるとき、逸見氏の胸中に去来したのは、いかなる思いであったろうか。
野呂を尊敬し、後進する人間的な社会理念にとってその生きかたこそ一つの鼓舞であると感じることが真実であるならば、逸見氏は、どうして知識人の勇気をもって、自身の辛苦の中から、野呂栄太郎こそ、嘗て生ける屍となった自身やその他の幾多のものの肉体を超えて、今日生きつづけるものであることを語らなかったのであろうか。
そういう人間の物語こそは、私たちを励し、筆者への理解を正しくし、真に若い世代をゆたかにするものである。逸見氏はあれほどの汚辱に身を浸しながら、どうして今こそ、自身のその汚辱そのものをとおして、復讐しようと欲しないのだろう。悪逆な法律は、人間を生ける屍にするけれども、真実は遂に死せる者をしてさえも叫ばしめるという真理を何故示そうとしなかったのであろうか。