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きずあとのはいけい
傷痕の背景
豊島 与志雄
「中央公論」1929(昭和4)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,022 字 · 38 页
肉の豊かな赤みの濃い頬に、そして円みのある※(「臣+頁」、第4水準2-92-25)に、黒いこわ髯が、根強く、芽を出しかかっている。鼻が目立たず、口が小さく、強度の近眼鏡の下に、底深く眼が光っている……。その眼が、舗装道路の上に踊ってる衆人の足先を見る。そして彼は考えるのである。――人は次第に、ダンスや靴の影響よりも先んじて、踵より足先に力を入れて歩くようになった。これは生活が苛立ってる証拠だ。もし体重の百パーセントが足先にかかるようになれば、その時は、生活が狂うだろう。――そんなことを、全く没我的に考えながら彼自身は、踵と足先とに体重の五十パーセントずつを托して、のっそりと、漫歩するのだった。太いステッキを引きずって、和服の襟をはだけ加減に、そして時々朝日の煙を吐いて……。何かしら、茫漠としている。
高層建築、自動車の疾駆、燈火、器械音楽、騒音、色彩、蟻の巣をかき廻したような、人、人、人……。
「おい、杉本!」
通りすがりに、声のした方へ振向いて、足を止めて、相手の顔を見て取る――その眼には、人なつこそうな笑いが浮びその顔には、よくいろんな男に逢うものだなという表情が浮ぶのだった。