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ひかりあういのち
光り合ういのち
倉田 百三
「いのち」1937(昭和12)年2月号から連載
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 130,439 字 · 263 页
それは賢き人のとらぬ仕方であろう。
ものが、身に沁まぬのは俗念のためらしい。あわただしさのあるところに観照はない。慾心はひとつの対象のために没落することを不可能にする。それが見ても見たような気がせず、触れても触れたような気のしない原因である。
このごろ晩年の小泉八雲のものを読んで一層とそう思った。平凡な学生、つまらない門付け、ハンブルな昆虫などがあれだけ、身に沁みて印銘するのは感受性の硬くなりがちな年配に於ては、ただその俗念と馳求の慾とから釈き放たれた、賢者らしい、更らに無心となった心にのみ可能なことであるらしい。
音楽会で、知名の指揮者の下に、何十人で奏するオーケストラに少しも感動せぬ心が、帰りに何でもない流行唄が身に沁みることもある。
心の琴をふるわせるものの法則は別にあるらしい。幼いころ私は故郷の宝蔵寺という寺の渡殿の廊下に立って、下の蓮池に咲いた花や、円い葉の上にころがる露や、それが落ちてくる水の輪を凝っと眺め、また渡殿の欄間にかけつらねてある百人一首の額の僧や、殿上人や、上臈たちの絵姿に見入ったものだが、その時ほどの縹渺として薫った心境にその後どんな立派な寺に詣ってもなれない。