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はちじゅうはちや

八十八夜

太宰 治

「新潮」1939(昭和14)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,623 字 · 28 页

青空文庫

仏頂づらして足音も荒々しく、部屋へかえると、十七、八の、からだの細長い見なれぬ女中が、白いエプロンかけて部屋の拭き掃除をしていた。

笠井さんを見て、親しそうに笑いながら、「ゆうべ、お酔いになったんですってね。ご気分いかがでしょう。」

ふと思い出した。

「あ、君の声、知っている。知っている。」電話の声であった。

女は、くつくつ肩を丸くして笑いながら、床の間を拭きつづけている。笠井さんも、気持が晴れて、部屋の入口に立ったまま、のんびり煙草をふかした。

女は、ふり向いて、

「あら、いいにおい。ゆうべの、あの、外国煙草でしょ? あたし、そのにおい大好き。そのにおい逃がさないで。」雑巾を捨てて、立ち上り、素早く廊下の障子と、ヴェランダに通ずるドアと、それから部屋の襖も、みんな、ピタピタしめてしまった。しめて、しまってから、二人どぎまぎした。へんなことになった。笠井さんは、自惚れたわけでは無い。いや、自惚れるだけのことはあったのかも知れない。いたずら。悪事が、このように無邪気に行われるものだとは、笠井さんも思ってなかった。笠井さんは、可愛らしいと思った。田舎くさい素朴な、直接に田畑のにおいが感じられて、白い立葵を見たと思った。