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しょとうのにっきから

初冬の日記から

寺田 寅彦

「中央公論」1934(昭和9)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,930 字 · 20 页

青空文庫

と一々札がつけてある。一座の立役者Hの子供の初舞台の披露があるためらしい。ある一つの大きな台に積上げた品物を何かとよく見るとそれがことごとく石鹸の箱入りであった。

売店で煙草を買っていると、隣の喫茶室で電話をかけている女の声が聞こえる。「猫のオルガン六つですか」と何遍も駄目をおしている。「猫のオルガン」が何のことだか分からないが多分おもちゃのことらしい。何となしこの小春日にふさわしい長閑なものの名である。

幕があくと舞台は銀座街頭の場面だそうで、とあるバーの前に似顔絵かきと靴磨き二人と夕刊売りの少女が居る。その少女が先刻のバスの少女であるが、ここでは年齢が急に五つか六つ若くなっている。その靴磨きのルンペンの一人がすなわち休憩室の飾り物を貰った子供の御父さんである。バーは紙の建築で人の出入りはないが表を色々の人通りがある。

役者でも舞台の一方から一方へただ黙って通りぬけるだけの役があるらしい。そんな役であってもやはり舞台へ出る前には何遍も鏡を見て緊張し、すうと十秒くらいの間に舞台を通り抜けてしまうとはじめてほっとして「試験」のすんだのどかさを味わうであろう。