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はつたび
初旅
寺田 寅彦
「旅と伝説 第八十号」1934(昭和9)年8月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,974 字 · 4 页
は眼を丸くしてそれを点検したばかりでなく、婆さんの許可を得たかどうかそこまでは覚えないが、とにかく二人の写生帳の中へその主なるものを写しとったのであった。この鯨絵巻の写しや、硯石で昔から知られた行当岬のスケッチや、祖先の出身だという一世一海和尚の墓の絵などが郷里の家に保存してあったはずであるが、いつの前にかもう無くなってしまったか、それともまだ倉の中のどこかに隠れているか不明である。
この鯨の絵巻物はおそらく昔の御鯨方に伝わった最貴重な伝書のようなものではなかったかと思う。この絵巻がそれから四十年の月日の間にどういう運命を閲したか、もしかこの『旅と伝説』の読者のうちで、かの地に縁故のある人でもいて、この貴重な文献の所在をつきとめ、そうして、もしまだそうなっていないならば、それを永久に安全な場所に安置し、そうして特志者にはいつでも見られるようにするだけの面倒を見てくれるという事にでもなれば大変に仕合せだと思うのである。
尾籠な話であるが室戸の宿の宿泊料が十一銭であったことを覚えている。大変に御馳走があって二の膳付の豊富な晩食を食わされたのでいささか嚢中の懸念があったではないかと思う。