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はつつぼみ

初蕾

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1947(昭和22)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,525 字 · 35 页

青空文庫

「こんなことなら、せめて碁将棋でも覚えておけばよかった」

良左衛門は思い余ったという風にしばしばそう呟いた。

「なんにも仕事をしないということがこんなに疲れるものだとは気がつかなかった、肩ばかり凝ってどうにもしようがない」

「毎日きめて山でもお歩きになりましたら」

「このまわりはたいてい見尽したし、なにしろ風流というものに縁遠い性分だからな、山水をたのしむなどといった芸がまったくないんだから」

「お書物の行李でも明けましては」

と、あるとき見兼ねてはま女が云った。

「これからは夜ながになりますから、御書見でもあそばせば、幾らか気保養にはなりますでしょう」

良左衛門は返辞をしなかった。黙って向うを見ている肩つきの、きびしい冷やかな姿勢に気づいて、はま女は息をひきながら、ああいけなかった、と思った。なにもかも返上したなかで、行李三つに入れた書物だけは、この家へ持って来てあった、それは半之助のものだった、幼少の頃から学問の好きな子で、藩の学塾では秀才といわれ、十七歳のときには塾の助教を命じられたくらいである。良人がそういうことに興味をもたないし、もとよりはま女にはわからなかったが、二十二歳のとき彼の思想が老子の異端に類するといわれ、助教の席を逐われてしまった。