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はつつぼみ

初蕾

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1947(昭和22)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,525 字 · 35 页

青空文庫

四

「お客さまよ」

といってめくばせをした。

「離れにいらっしゃるわ」

お民はその意味を悟り、会釈をしてそこを立った。離れへゆくと半之助が来ていた。白壁のように蒼ざめた、生気のない、硬ばった顔で、眼だけが大きくぎらぎらした光を帯びている、これまでいちども見たことのない顔つきだった、そして頭からずっぷりと雨に濡れていた。

「そんなに濡れてどうなさいました」

「人を斬って来た」

ああとお民は声をあげた。ふいに眼が昏んだ感じで、立っていることができず、男のほうへ手を伸ばしながら崩れるように坐った。

四

ありあう着物を着せ、濡れた物を厨へ乾かすように頼んでから、お民は熱くして来た酒をすすめながら仔細を聞いた。……相手は森田久馬という、あの酒の強い男だった、ふじむらを出て二軒ばかり呑み、鳥羽へ帰る積りで五十鈴川を渡った、その渡し舟の中で喧嘩になり、向うへあがった草原ではたしあいをした、そして彼は久馬を斬ったのである。

「それはそれだけのことだ、立会った者も三人いるし、作法どおりのはたしあいだから恥ることもなし、後悔もないんだ、けれども喧嘩の原因はおれが悪い、それがやりきれないほどおれを苦しめるんだ」