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はつつぼみ

初蕾

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1947(昭和22)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,525 字 · 35 页

青空文庫

「村に無くとも城下には有るだろう」

「いいえ」

はま女はさりげない調子で云った。

「もし村に乳があって貰い乳ができたら、わたくし育ててみようかと思いまして」

「ばかなことを云ってはいけない、こんな身の上になって、今さら子を育ててどうするのだ、まして氏も素姓も知れぬものを……」

こう云いながら、彼はふと妻のほうへ眼をやった、厨へ立ってゆく妻のうしろ姿に、なにやらさびしげなけはいが感じられたからだ。……彼は抱いた児の顔を見た、児は眠っていた、黒い髪のたっぷりある、唇つきのひき緊まった、眉のはっきりした品の良い顔だちである、彼は自分の手に伝わってくる赤児の体温の、湿っぽい感じに遠い記憶をよびさまされた。

「半之助をこうして抱いたことがあった」

心の内で彼はこう呟いた。

「あれからもう二十余年になる、そしてもし半之助にあんな事さえ無ければ、もうこのくらいの孫を抱いていたかも知れない、……はまもそう考えたのではなかろうか」

おそらく妻も同じように考えたのであろう、あれ以来どんなことがあっても半之助のことは口にせず、お互いに案ずるそぶりもみせなかった、しかし一日として忘れたことはないのである。