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はつつぼみ
初蕾
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1947(昭和22)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 17,525 字 · 35 页
「どうせ泣くように生れついたんだ」
お民は客を送りだして、あと片付けに戻ったまま、小窓に倚って、自嘲するようにこう呟いた。
「花がさかりまでのものなら、散るまで好きなように生きるだけさ、初めからそういう積りなんだもの、どうなったって悔むことなんかありゃあしない」
「どうせ泣くように」
すてばちに似たその言葉は、決して出まかせのものではない。最も幼ない頃、記憶の初めともいえるものが既に悲しい泣声に濡れている。それは大きくて広い家の土間だった、ひと抱えもありそうな柱や、鼈甲色に光る框や、重そうな杉戸が、うす暗い淀んだ空気のなかに、恐ろしいほどがっちりと威圧的に見えた。兄の太市は手をひかれ、お民は母に背負われていた、母は上り框のところに手をついて、なにか頼みながら頻りにおじぎをする。向うの帳場格子の中には人が三人ほどいたが、算盤をはじいたり帳面を繰ったりするだけで、誰もこっちの相手にはなって呉れない。母は歌うような調子でなにか云っては、いつまでもおじぎをし続けた、そしてしまいには五つになる太市にまでおじぎをさせ、いっしょに頼みを云わせた。
……そこが鳥羽港の「山越」