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ぜんきてんまやけ

前記天満焼

国枝 史郎

「文芸倶楽部」1927(昭和2)年6月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 48,568 字 · 98 页

青空文庫

「ひょっとかすると、両方かも知れない」

「殺人の上にぶったくりか、アッハッハッ、それにしては」

若侍は横を向いた。

「安すぎますて、五両の日当」

「割増ししましょう、七両ではいかが?」

「まだ安い。駄目だ駄目だ!」

「あッ、なるほど、では八両」

「刻むな刻むな」と若侍は、グット胸を反らせたが、

「厭だと云ったらどうなさる」

「さればさ」と云うと黒鴨の武士は、スラスラとスラスラ左手へ寄った。間一間、そこで止まると、ピンと右手の肘を上げた。と自然に掌が、柄の頭へあてられた。薄っペラな態度や声にも似ず、腰が据わって足の踏まえ、ピッタリ定まって立派な姿勢。上げた右肘で敵を圧し、全身を斜めに平めかせ、首を幾何か前方へ曲げ、額い越しに睨んで狙いすました。籠めた気合で抜き打ったら、厭でも太刀は若侍の、左胴へ入るに相違ない。根岸兎角を流祖とした、微塵流での真の位、即ち「捩螺」の構えである。

「ううむこいつは素晴らしい」

それと見て取った若侍は、こう思わず呟いたが、

「しかも不気味な腥い、殺気が鬱々と逼って来る。剣呑だな、油断は出来ない」

しかしよくよく若侍には、腕に自信があると見え、刀の柄へ手もかけず、ブラッとしたままで立っていた。