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ぜんきてんまやけ

前記天満焼

国枝 史郎

「文芸倶楽部」1927(昭和2)年6月~10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 48,568 字 · 98 页

青空文庫

……どうもな。……困った。……うっかり出来ない。……だが。……遅いなあ。……やりそこなったかな。……」

裏木戸へ触る音がした。どうやら蔵番の東三らしい。

しかし足音は遠ざかり、そうして全く静かになった。

聞き澄ましていた宇和島鉄之進が、首を傾げたのは当然と云えよう。

「どうやら秘密があるようだ。いやこういう大家になると、いろいろの秘密があるものと見える。……だが、それはとにかくとして、いまだに主人は帰宅しないらしい。……これだけ確かめれば用はない。どれソロソロ帰ろうか」

往来の方へ出ようした時、にわかに四辺が騒がしくなった。

大勢の走って来る足音がする。

「逃がすな逃がすな」

「討って取れ」

「さあ追い詰めたぞ」

「しめた! しめた!」

叫ぶ声々が聞こえてきた。

「はてな」と鉄之進は足を止めた。

「とうとうぶちこわしの手が来たか」

その時一ツの人影が、往来の方から駈け込んで来て、二人あぶなくぶつかろうとした。

「これ、気をつけろ」

「真平御免」

互いに相手を透かしたが、

「おっ、今朝方の小者ではないか」

「あ、あの時のお武家様で」

「どうしたどうしたあわただしい」

「追っかけられて居りますので」