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けんきょう

剣侠

国枝 史郎

「山形新聞」1936(昭和11)年3月~8月18日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 156,961 字 · 310 页

青空文庫

「おい赤尾の、ちょっと待ちな」

怒った猪之松の声がした。

「用か」と振り返った林蔵の前に、猪之松の抜いた長脇差が、白く真直に突きつけられていた。

「や、とうとう、それでも抜いたか!」

「そうさ、それまでこの猪之松に、真剣勝負を望むなら、俺も男だ引きはしねえ。気持よく相手になろうじゃねえか。……やいやい手前達……」と振返り、乾児達へ声をかけた。

「赤尾のと俺との真剣勝負、手を出しちゃアならねえぞ。もし俺が殺されたら、そうさな骨だけは拾ってくれ。……それから水品先生もだ……」

こう云うと猪之松は編笠を冠った、浪人武士の方へ顔を向け、

「貴郎も助太刀などなされずに、最後まで見ていておくんなせえ」

「心得てござる」と云いながら、その武士はゆるゆると編笠を脱いだ。

鴫澤庄右衛門を討って取り、甲州へ一旦落ち延びたが、主水が敵討にやって来るであろう、燈台かえって下暗し、それに武州には甲州以上に、親しくしていた博徒があり、身上の治まらぬところから、破門はされたが剣道の師匠、逸見多四郎先生も居られる、かたがた都合がよかろうと、甲州から武州へ引っ返し、以前わけても世話になった高萩村の猪之松方に、賭場防として身を寄せた。