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かたずば

勝ずば

岡本 かの子

「新女苑」1937(昭和12)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,991 字 · 15 页

青空文庫

医師の手当は進んで行った。朝はいつの間にか明け切って白銀色の光が家並みを一時に浮き出させると、人々は周章てて家々の戸を開け展げた。材木堀を満たした朝の潮の香いが家々の中に滲み込んで来る。だが政枝の家ではまだ雨戸を締めている。医師は人力車に乗って帰って行った。看護婦もその後からついて行った。

父の寛三は医師を送ってから急いで台所へ行って手や着物の汚れを洗い、洗面器を持って二階へ上って来た。そして雨戸を繰って風を入れながら畳の上の血を拭き始めた。不遇ななかから漸く育ったわが子の血が結核などに汚されて、それがまたわが子の手に截れたむごたらしい傷口から現在わが家の畳の上へこぼされたのが悲しくもいまいましい。この時妻のさいが梯子段の上り口でようやく安心した後の気の緩みで堪え性もなく泣き出したので、寛三はそれを叱って政枝の着換えと敷布を階下に取りにやった。

着物を父親に着換えさせられてからも政枝は軽く眼を閉じて、いつまでも放心状態を続けた。その側に多可子は浴衣の上に伊達巻をまいたばかりで隣町の自家へ朝飯前の夫を婆やにあずけて、周章てて駈けつけたままの姿で坐っていた。