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きただけとあさひだけ

北岳と朝日岳

木暮 理太郎

「改造」1929(昭和4)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 8,121 字 · 16 页

青空文庫

下から仰ぐと大磐石の林立した中を水は小躍りして落ちて来る。普通ならば疾くに雪渓となる可きものが単に雪の断続するに止まっている。そして漸く雪渓に辿り着いたかと思えば、そこは最早山腹の緩い傾斜地で、雪渓の便を借りなくとも楽に登れる場所である。

雪渓が終った頃、正面に左右同じ程度の高さの山が現れる。どちらに登った方がよいか、様子を見る為に右の尾根に登った人夫が忽ち「熊、熊」と大声に叫ぶ。この事あるは今朝から絶えず暗示されていた。両岸に生えている大虎杖の若芽が噛み切られている跡を注意して見ると、初めは切り口が褐色に変っていたのが、上るに従って次第に新しいものとなり、雪渓の間近では生々しい液が未だ乾かないでいた。口に出してはいわないが誰も熊の居ることに気が付いていたらしい。帰って来た人夫に聞くと四頭も居たという。私はちらっと二頭しか見掛けなかった。

もうあたりの山はどれも矮性の灌木を交えた一面の草原で、大きな残雪が其間に様々な形を描いて美しく横たわっている。どの山に登り着いたにしても、目的の朝日岳に遠くないことは確であるから、左の山腹を登り初めた。足もとに点々として高山植物の可憐な花が風にゆれている。