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ちよこ

千世子

宮本 百合子

「宮本百合子全集 第二十八巻」新日本出版社、1981(昭和56)年11月25日

N3 · 进阶 · 新字新假名 · 83,104 字 · 164 页

青空文庫

「かんしゃくを起した? ――なんでもありゃしない、こんな好い日なんですもの」

千世子はうれしそうな笑い方をしてHのかおをしげしげと始めて会った人の様にして見た。袖を内ショ話をする時の様にHがひっぱった。その時の気分で千世子は濃い甘ったるい様な、うそにしてもそうした言葉をHの丸い声で云って貰いたかった。内気な小娘のする様に千世子は首をかしげた。

「一寸! 前に立って居る男を!」

すばしっこい目つきをして前に立ちはだかって居る男を見上げた。

荒い縞の背広を着てあくどい色のネクタイをいかにもとっつけた調子に結んで居た。

ニキビの一っぱい出た油ぎってニチャニチャする様な二十五六の男だった。

上から三つ目の貝ボタンの根にきりきりといたいたしく女の髪が巻きついて居た。

そのわきに話して居るまだ十七八の小僧にさえ千世子は眉をぴりッと動かして、落ちついた眼色でいかにも下等らしく見える男をにらんだ。いつまで立っても二人の男は何か意味のありそうな下びた笑いをやめなかった。

「何て見っともないんだろう」

つきとばした様に叫んだ千世子は男の様な味もそっけもない口元をしてHを見た。