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まんじ
卍
谷崎 潤一郎
「改造」改造社、1928(昭和3)年3月~1929(昭和4)年4月、6月~10月、12月~1930(昭和5)年1月、4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 133,618 字 · 258 页
て、ちょうど夏蜜柑売ってるのん買うて、二人でころころ転こばしましたら、下にいる鹿がビックリして逃げますねん。「光ちゃん、お腹減ってエへんか。」「減ってるけど、もうちょっと此処にいてたいわ。」「あてかていつまでも山の上にいてたい、なんぞお菓子ンでもたべて辛抱しとこう」いうて、昼御飯の代りに煮抜きたべながら、大仏殿の屋根から生駒山の方見てますと、「この前蕨や土筆たんと採ったわなあ、姉ちゃん」いうて、「もう後の山い行ってもなんにも生えてエへんやろか。」「そら、今頃行たかてなんにもあれへん。」「そんでもこないだ行たとこい行てみたいわ」いいなさって、あれから後の山いつづく谷の方い下りて行きましたら、春でもあの辺はあんまり人の行かんとこですよって、夏はなおさら淋しいて、木や草ばっかり仰山繁ってて、なかなかそんなとこ、一人やったら来られへんような物凄い気イするのんですけど、二人は結局誰も見てる者ないのんええことにして、草のぼうぼう伸びてる蔭に、それこそほんまに、大空の雲よりほかに知ってる者のない隠れ場所見つけて、「光ちゃん、……」「姉ちゃん、……」「もうもう一生仲好うしょうなあ。