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なんぽうゆうしん
南方郵信
中村 地平
「文學界 第五巻第四号」文藝春秋社、1938(昭和13)年4月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,899 字 · 42 页
しかし、そういう事情を知る筈もない旦那は、このおかみさんという言葉を耳にした瞬間、郡長の年俸が自分の月収にも劣ることを、たちまち腹のなかで計算してしまった。そして、彼の愚鈍そうな顔を念頭に浮かべて、ひとりでむかむかしていた。
しかし、例によって他人に対して人ざわりのいい旦那は、暫く怒りは腹のなかに抑えつけ、その気に喰わない女客を、にこやかに玄関まで送りだした。そして、門の外に彼女の俥が消えもしないうちに、奥の間へ駈けこんで、奥さんに当りちらしたものであった。
「わりが漬物臭い恰好をしているばっかりに、わしゃいつでも人前で恥ばかかんならん」
またある時、源吉爺さんは三太をそそのかした。
「アコン、旦那に言って山羊というもんを飼って貰いなさらんか。山羊の乳は仰山に滋養があるそうですど」
しかし、こんどは旦那も爺さんを叱らなかった。
山羊という家畜は、どこか西洋臭くて「ハイカラ」な感じがし、おまけにまだその地方には一匹も飼われていない。源吉爺さんも若い頃、トヨを出品したF市の家畜共進会でたった一度見かけたことがあるのに過ぎない。それが新しもの好きな、旦那の好奇心をゆすぶったのであった。