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なんきょくのかいじ

南極の怪事

押川 春浪

「中学世界」1905(明治38)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,508 字 · 33 页

青空文庫

事も出来ぬ大錨を、双手に抱きあげて海中に投げ込めり、されど猛獣のごとく走れる船を、錨にて停めんとするはなんらの痴愚ぞ、錨は海底に達せざるに、錨綱にフッと切れて、船の走る事いよいよ急なり。

唯一の錨もすでに海底に沈めり、余は絶望のあまり甲板に尻餅つきしが、しばらくして心つけば、余の全身は板のごとくなりいたり、なにゆえぞと問うなかれ、余は先刻よりあまりの驚きと悲しみのために、今まではそれに思い至らざりしが、この辺海上の寒気の激しさよ! 吐く息もただちに雪となり凍とならんばかりにて、全身海水に濡れたる余の衣服は、何時の間にか凍りて板のごとくなりしなり、衣服はすでに甲板に凍りつきて立たんにも容易に立つあたわず、余はむしろこのままに凍え死なん事を望めり、されどまた多少の未練なきにあらず、容易に立つあたわざるを無理に立てば、氷は離れずベリベリと音して衣服は破れたり、露出されたる余の肌に当る風の寒さよ、オオ風と云えば、風はまたますます激しきを増し来りしようなり、海は泡立ち逆巻き、怒濤はふたたび甲板に打ち上げ来って、巨浪は余を呑み去らんとす、風さえ余を吹飛ばさんとす、余はあまりの恐ろしさに堪えず、思わず船底に逃げこめり。