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なんがをかくはなし

南画を描く話

中谷 宇吉郎

「中央公論」1941(昭和16)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,968 字 · 24 页

青空文庫

しかし全体としては、進歩の傾向にあると褒めてくれた。

もう一日もう一日と思っているうちに、一カ月近く経ってしまった。どうしても墨を返さなくてはならない。とうとう決心して「今この墨と別れるのは女房と別れるよりも辛いが」という手紙をつけて、送り返してしまった。手紙の方は家庭争議の種になるし、今更もとの駄墨で描く気はなし、当分のうちは意気銷沈していた。

これで南画とも縁切りになりそうなくらい銷沈していたので、色々な同情者があらわれた。そして様々な経緯の末、結局二本唐墨を貰ったので、急に家が賑かになった。しかし同じく唐墨といっても、墨色はそれぞれちがって、やはり平井さんの墨のような色は出なかった。結局散々頭をしぼった末、一生一代の名文の手紙を書いて、とうとう平井さんからその墨を譲り受けて、やっと落付いた。誠に芽出度い結末になったわけである。

何でもこの墨は、まだ北京に日本の大使館のあった時代に、その武官が或る人に頼まれて、三本北京で手に入れたのだそうである。そしてその一本は誰とか、今一本は誰とかの手許にあるという由緒付きの墨だという話であった。

この墨色が如何に美しいかということを語る話がある。