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おじ

叔父

豊島 与志雄

「改造」1925(大正14)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,585 字 · 24 页

青空文庫

「寝転んでばかりいないで、少し海へでも行ってきたらどうだ。」

「さっき行ったばかりですもの。……あら、お父さま、どうかなすったの。」

「ふーむ……。」

中野さんは尤もらしく小首を傾げて、それから、自分の室へ戻って来た。

遠く波の音が響いていて、外はぎらぎらした日の光だった。

中野さんはもう一度手紙を読み返して、返事を書いてやろうかと考えた。然しその文句が一つも頭に浮ばなかった。ふと気がついて手紙を調べてみると、喜代子の住所は書いてなかった。

「なるほど……。」

中野さんは口を変な風に歪めて、微笑の眼付を空に据えた。

ごーっと、風の吹くような波音が、遠く一面に拡がっていた。

九月の末、まだひどく蒸し暑い日曜日の午後遅く、喜代子と笹部とが連れ立って、中野さんの家へ不意に訪れて来た。中野さんは心待ちにはしていたものの、喫驚して立上りかけた。がすぐにその腰をまた下した。

「ここへ通してくれ。」

女中が出ていってから、中野さんは慌しく居住を直し、襟をつくろい、頭のこわい毛を一寸撫でつけた。

喜代子と笹部とは幽霊のように――と中野さんは感じた――足音も立てずにはいって来て、入口の敷居際に坐った。