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とりかじ

取舵

泉 鏡花

「太陽 創刊号」

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,453 字 · 15 页

青空文庫

産は加州の在、善光寺詣の途なる由。

天気は西の方曇りて、東晴れたり。昨夜の雨に甲板は流るるばかり濡れたれば、乗客の多分は室内に籠りたりしが、やがて日光の雲間を漏れて、今は名残無く乾きたるにぞ、蟄息したりし乗客等は、先を争いて甲板に顕れたる。

観音丸は船体小にして、下等室は僅に三十余人を容れて肩摩すべく、甲板は百人を居きて余あるべし。されば船室よりは甲板こそ乗客を置くべき所にして、下等室は一個の溽熱き窖廩に過ぎざるなり。

この内に留りて憂目を見るは、三人の婦女と厄介の盲人とのみ。婦女等は船の動くと与に船暈を発して、かつ嘔き、かつ呻き、正体無く領伏したる髪の乱に汚穢を塗らして、半死半生の間に苦悶せり。片隅なる盲翁は、毫も悩める気色はあらざれども、話相手もあらで無聊に堪えざる身を同じ枕に倒して、時々南無仏、南無仏と小声に唱名せり。

抜錨後二時間にして、船は魚津に着きぬ。こは富山県の良港にて、運輸の要地なれば、観音丸は貨物を積まむために立寄りたるなり。

来るか、来るかと浜に出て見れば、浜の松風音ばかり。

櫓声に和して高らかに唱連れて、越中米を満載したる五六艘の船は漕寄せたり。