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ふるいど

古井戸

豊島 与志雄

「中央公論」1925(大正14)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,433 字 · 43 页

青空文庫

それから更に不機嫌そうに、裏口の方へ行ってしまった。

松木が手足を洗って銭湯へ出かけた後まで、彼は縁側に腰掛けて、ぼんやり煙草を吹かしていた。

そこへ、房子がやって来た。

「あの穴は、何だかお分りになりましたの。」

「え、松木さんは何とも仰言らなかったんですか。」

「ええ、宅はいつでも、何にも聞かしてはくれませんし、わたしも別段……。」

「へえー。不思議ですね。」

どこが不思議だというような面持で、彼女はまた尋ねた。

「そして、あの穴は……。」

「古井戸を埋めた跡だそうです。」

「古井戸、」と一寸眼を見開いた。「そう分れば、安心ですわ。」

「安心ですって。」

「ええ、わたしはまた、お墓の跡ででもあると困ると思って……。」

善良そうな眼で庭の方を透し見ていた。

ククク……と彼は突然笑い出した。

「あら、何を笑っていらっしゃるの。」

千三や……と云っても、万に三つも当るかどうか分らない松木が、宝を掘出しそこねて腹を立てたことと、何にも知らないでいる細君が、古井戸の跡と聞いて安心したこととが、変に対照をなして、納まりかねてた彼の気持を落付かした。

彼はまた、ククク……と独笑いをした。