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こきんしゅうまきのご
古今集巻之五
山本 周五郎
「文藝春秋」文藝春秋新社、1958(昭和33)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,482 字 · 43 页
と小光がお袖に酌をしながら云った、「べつにそう変ったことでもないのに、なにがそんなに苦しかったり辛かったりしたのかしら」
「それは本気だったからよ」
「本気だと辛くなるの」
「本気で恋をすると、まわりの人たちのことも本気に考えるからでしょ、あんたもそういうときになればきっとわかるわ」
それだな、と主計は思っていた。杉江が生きているうちは、かくべつ杉江に気をつかったことはなかった。三年のあいだにはいろいろなことがあったろう、気分のいい日、悪い日。ねだりたいこと、訴えたいこと、ときにはあまえたいこともあったろうが、おれはそういうことに無関心だった。あれがなにを考えているかということにさえ、いちども気をつかった覚えがない。本気ではなかったんだ。妻を娶り、妻がそこにいる、というだけで安心し、それ以上に気持がすすまなかった。人間と人間との芯からのつながりを持とうとしなかったんだ。「あの手代とまちがいを起こしたときも、なんのこともなかった」お袖はなお続けて云った、「いまだって旦那があるのに、浮気をしたいときには平気でします、それでこれっぽっちも辛いとか苦しいなんて思ったことはありゃしません、というのが、旦那とも浮気をする相手とも、本気じゃあないからだと思います」