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こきんしゅうまきのご
古今集巻之五
山本 周五郎
「文藝春秋」文藝春秋新社、1958(昭和33)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,482 字 · 43 页
と主計は云った、「帰れるように手順をつけてくれ」
「岡本の手紙を読んでみろ」
「あいつは世話をやきすぎる」
「おまえはいやな人間になった」
「気にするな」と主計が云った、「丹野だってほれぼれするほどの人間じゃあないぜ」
丹野は立って出てゆき、すぐに戻って来ると、机に向って筆を取りあげた。肱枕をしている主計の眼から、涙がこぼれ落ち、彼は窓のほうへ寝返った。
「起きていないか」丹野が筆を動かしながら云った、「もうすぐ寝所の支度ができるだろう、そこで眠ると風邪をひくぞ」
主計は黙っていた。
「酔いがさめてから云うが」と丹野は筆を止めて云った、「近いうち家禄が直されたうえ、中老に仰せつけられる筈だ、今日おれは間崎さんに呼ばれて聞いたんだが、行状を改めるようにと、おれまでが厳重にだめを押された、――聞いているのか」
主計がちょっとまをおいて云った、「おれは国許へ帰る、中老だなんて、いまのこんなおれに勤まるもんじゃない、それはお断わりだ」
「そんな我儘がとおると思うか」
「丹野が気にすることはないさ」
丹野はまた筆を動かし始めた。
ざまはないな、と主計は思った。人間の心なんて、こんなにも脆いもんなんだな。