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ねむのきのかげ
合歓木の蔭
山本 周五郎
「新読物」交友社 、1948(昭和23)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,740 字 · 27 页
「さあこんどは安宅ですよ奈尾さん、殿さまの弁慶は江戸ではたいそうな評判だそうですから、よく気をつけて拝見しましょうね」
叔母がそう教えてくれた。奈尾は黙ってうなずいたが興味はわかなかった。もう三番ほど能役の演るのを見るのは見たけれども、言葉もしぐさもよくわからず、物語の筋もはっきりしないから少しも面白くないのである。――またあの眼が見ている。こっちの視野にははいらないが、その凝視が自分の顔に向けられていることはたしかだ。不愉快ではないがいらいらしてくる、舞台では安宅が始まった。見物席はこれまでと違った緊張におおわれ、鳴物もひときわ高く冴えて聞こえる。しかしやはりあの眼はこっちを見ていた。ときどき脇へそらすがまたすぐにこっちをじっとみつめる、右の高頬のあたりにそれがはっきりと感じられてるのである。……奈尾はその視線の当たるところが熱くなるように思った。するとそれが胸に伝わって、しぜんと動悸が強くなり、あまやかに唆るようなふしぎな幸福感に躯ぜんたいを包まれた。
――どなただろう、兄上のお友達かしら、奈尾を知っていらっしゃる方かしら。
見覚えのある人を思いだしてみた。