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めいじんじごく

名人地獄

国枝 史郎

「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页

青空文庫

ううむ、そうか! きゃつであったか」

玻璃窓の平八と別れると、観世銀之丞は夜道を急ぎ、邸の裏門まで帰って来た。と、門の暗闇から、チョコチョコと走り出た小男があった。

「観世様、お久しぶりで」その小男はいったものである。

「お久しぶりとな? どなたでござるな?」

「へい、私でございます」ヌッと顔を突き出した。

「おお、お前は千三屋ではないか」

「正に千三屋でございます」

「なるほどこれは久しぶりだな」

「へい、久しぶりでございます」

「して何か用事でもあるのか?」

「ちと、ご相談がございましてな」

「ナニ相談? どんな相談だな?」

「鼓をお譲りくださいまし」千三屋はいったものである。

すると銀之丞は吹き出してしまった。それから皮肉にこういった。

「貴様、実に悪い奴だ。鼓を盗んだのは貴様だろう?」「いえ、拝借しましたので」「永い拝借があるものだな」「長期拝借という奴で」「黙って持って行けば泥棒だ」「だからお返し致しました」

「ははあ、湯島の境内で、おれにぶつかったのは貴様であったか?」「その時お返し致しました」

千三屋はケロリとした。

捨てるによって拾うがよい

「是非欲しいというのなら、譲ってやらないものでもないが、お前のような旅商人に、鼓が何んの必要があるな?」