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めいじんじごく

名人地獄

国枝 史郎

「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页

青空文庫

と突然一閑斎は不思議そうに声を張り上げた。「ここに見慣れない足跡がござる」

いかにも見慣れない足跡が、駕籠舁き二人の足跡に添って、一筋水神の方へついていた。

「さよう、見慣れない足跡がござる」平八の声は沈痛であった。「これこそ鼠小僧と想像される、ある一人の足跡でござるよ」「おおこれがそれでござるかな」「よくよくご覧なさるがよい。奇妙な特徴がございましょうがな」「どれ」というと一閑斎は、顔を地面へ近づけた。「や、これは不思議不思議、蟹のように横歩きだ!」

「その通り」と平八は、やはり沈痛の声でいった。「その横歩きが特徴でござる。……すべて横歩きは縦歩きと比べて――すなわち普通の歩き方と比べて、ほとんど十倍の速さがござる。昔から早足といわれた者は、おおかた横歩きを用いましたそうな」「ほほうさようでございますかな」

「ところで」と平八は力をこめ、「この地点から水神へ向けて、一筋ついている足跡の外に、さらに一筋同じような、横歩きの足跡のついているのが、お解りではあるまいかな」「さようでござるかな、どれどれどこに?」一閑斎は雪の地面を、改めて仔細に調べて見た。はたして足跡はついていた。