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めいじんじごく

名人地獄

国枝 史郎

「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页

青空文庫

「俺か」というと浪人は、顔に殺気を漂わせたが、「仕事に行くよ。仕事にな。……今夜は仕事が出来そうだ」

「どうぞお止めくださいまし」

「ふん、何故な? なぜいけない」

「後生をお願いなさいませ」

「うん後生か。それもよかろう。が、どうして食って行くな」

「饑え死のうではございませんか」

「死ぬには早い。俺はイヤだ」

「妾は死にそうでございます。……殺されそうでございます。……自分で縊れて死のうもしれぬ。……」

「死にたければ死ぬもよかろう」

「あなた!」といって取り縋った。「ひと思いに殺してくださいまし」

「そんなに俺の手で死にたいか」

浪人は鼻でセセラ笑ったが、「そうさ、いずれはそうなろうよ」縋られた手を振り払い、「俺は行くのだ。行かなければならない。鼓賊が俺をそそのかしてくれた。鼓賊が俺を勇気づけてくれた」

「悪行はおやめくださいまし」

「どうしてきょうの日を食って行く」

「ハイ、この上は、この妾が……」

女房は袂で顔を蔽うた。

「うん、やるつもりか! 美人局!」

「ハイ、夜鷹でも、惣嫁でも」

「そんなことではまだるッこいわい!」

ポンと足で蹴返すと、浪人はツト外へ出た。

……開けられた門口から舞い込んだのは、風に捲かれた粉雪であった。