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めいじんじごく

名人地獄

国枝 史郎

「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页

青空文庫

それじゃ妾は行かなけりゃならない」

「では俺もおいとまとしよう」

次郎吉はポンと立ち上がった。

「オイ、はねたら飲みに行こうぜ」

「ええ」

というと部屋を出た。

チェッと次郎吉は舌打ちをしたが、

「あぶねえものだ、火がつきそうだ」

ちょっとあたりを見廻してから、部屋を出ると廊下へかかり、裏梯子を下りると裏口から、雪のたまっている往来へ出た。

プーッと風が吹いて来た。

「寒い寒い、ヤケに寒い」

チンと一つ鼻をかみ、

「さあて、どっちへ行ったものかな」

あてなしにブラブラ歩き出した。がその眼には油断がない。絶えず前後へ気をくばっていた。

バッタリ遭ったは河内山

「おお和泉屋、和泉屋ではないか!」

こう背後から呼ぶ者があるので、次郎吉はヒョイと振り返って見た。剃り立て頭に頭巾をかむり、無地の衣裳にお納戸色の十徳、色の白い鼻の高い、眼のギョロリとした凄味のある坊主、一見すると典医であるが、実は本丸のお数寄屋坊主、河内山宗俊が立っていた。

「おや、これは河内山の旦那で」

こうはいったが和泉屋次郎吉、たいして嬉しそうな顔もしない。むしろ酸っぱい顔をした。

「どこへ行くな、え、和泉屋」