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めいじんじごく
名人地獄
国枝 史郎
「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页
お前の追分に堪能なことは、改めていうには及ばねえ。おいらのいうのはそれじゃねえ。そのお前の追分節が、近来めっきり変って来たのでね、それが心配でしかたがねえのさ」
こういう甚内の声の中には、兄弟の愛情が籠もっていた。兄の甚三は感動しながらも、わざとさりげない様子を作り、「どんな塩梅に変ったものか、とんとおいらにゃあ解らねえ」「冴えていたのが曇って来た。いかにも山の歌らしく、涼しかったのが熱を持って来た。それでいて途方もなくうまいのだ。聞いていて体中がゾッとする。蒸されるような気持ちになる。そうして何かよくない事でも、起こって来そうな気持ちになる。何かにむちゅうに焦れていて、その何かに呼びかけていると、こんな工合にも思われる。これはよくねえ変り方だ」「ふうん、こいつは驚いたな」甚三は内心ギョッとしながら、ことさら皮肉な言葉付きで、「お前はこれまで追分は愚か、鼻唄一つ唄えなかった筈だに、よくまあおいらの追分を、そうまで細く調べたものだ」「いいや自分で唄うのと他人の歌を聞くのとは、自然に差別がある筈だ。おいらには歌は唄えねえ。まるっきり音をなさねえのだ。