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めいじんじごく
名人地獄
国枝 史郎
「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页
しかも少しも音を立てない。十回あまりも繰り返した。しかし憎むべき嘲弄者を、発見することは出来なかった。やはり相手も彼と同じく、彼と同じ速力で、四筋の廊下を廻ったらしい。そうしていつも反対側に、その位置を占めているらしかった。平八は五十を過ごしていた。いかに鍛えた体とはいえ、疲労せざるを得なかった。彼は今にも仆れそうになった。ハッハッハッハッと呼吸が逸んだ。で彼は北側の廊下で、しばらく休むことにした。と、その時形容に絶した、恐ろしい事件が勃発した。しかしそれは彼以外の者には、痛痒を感じない出来事なのであった。ただし平八の身の上にとってはまさしく悪鬼のまどわしであった。ポンポンポン! ……ポンポンポン! と、例の鼓が反対側から、ハッキリ聞こえて来たのであった。最初彼は茫然として、棒のように突っ立った。それから左へよろめいた。それから両手で顔を蔽うと、廊下の上へつっ伏した。彼の全身は顫え出した。彼の理性は転倒し、考えることが出来なくなった。彼は悪夢だと思いたかった。しかし決して悪夢ではない。
「これはいったいどうしたことだ! ……俺は鼓賊に憑かれている。