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めいじんじごく

名人地獄

国枝 史郎

「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页

青空文庫

「男冥利でございますよ」「おれもそう思って諦めている」「それが一番ようございます。諦めが肝腎でございます」「止むを得ない諦めだ」「ようお諦めなさいました」「ふん、冷淡な女だな」「いいえわたしは燃えております」「ではなぜいうことを聞いてくれない」「もうその訳は先刻から、申し上げておるではございませんか」「ふん、お前はそんなにまで、あんな男に焦がれているのか」

するとお北は眼を据えたが、

「解らないお方でございますこと!」「いやおれには解っている」「ではなぜそんなことをおっしゃいます」「愚痴だ」と甚内は息づまるようにいった。

甚内は堅く眼をつむり、天井の方へ顔を向けた。思案に余った様子であった。お北は盃を握りしめていた。上瞼が弓形を作り、下瞼が一文字をなした、潤みを持った妖艶な眼は、いわゆる立派な毒婦型であったが、今はその眼が洞のように、光もなく見開かれていた。盃中の酒を見てはいるが、別に飲もうとするのでもない。

夜は次第に更けまさり、家の内外静かであった。他に客もないかして、三味線の音締めも聞こえない。銀の鈴でも振るような、涼しい河鹿の声ばかりが、どこからともなく聞こえて来た。