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めいじんじごく

名人地獄

国枝 史郎

「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页

青空文庫

そうでなければ苦しむばかりだ。

「いっそ自分が立ち去ったなら、万事平和に納まろうが、この女ばかりは放されぬ」これが甚内の心持ちであった。「天下の金は自分の物だ。金には何んの苦労もない。有難いことには自分は美貌だ。これまでほとんど至る所で、色々の女を征服もし、また女に征服もされた。女の秘密もおおかたは知った。与し易いは女である。しかるに意外にも意外の土地で、意外の女とでっくわした。類例のない女である。だから自分には珍らしい。珍らしいものはほかへはやれぬ。是非征服しなければならない。ではどうしたらよかろうか? 女の心を引きつけている、不思議な追分の歌い手を、永遠にお北から遠避けなければならない。そのほかには手段はない」

これが甚内の心持ちであった。「よしそうだ、やっつけよう!」

冷えた盃を取り上げると、つと唇へ持って行った。

河鹿の鳴く音は益※(二の字点、1-2-22)冴え、夏とはいっても二千尺の高地、夜気が冷え冷えと身にしみて来た。

「お北、それではまたあおう」

「おあいしたいものでございます」

「すぐにあえる、待っているがいい」

「早くお帰りくださいまし」