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めいじんじごく

名人地獄

国枝 史郎

「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页

青空文庫

造酒は我知らず眼を閉じた。しかし不思議にも相手のしないが、体のどこへも落ちて来ない。彼はカッと眼を開けた。彼と敵とのその間に、一本の鉄扇が突き出されていた。太い指がガッシリと、鉄扇の柄を握っていた。指に生えている細い毛が、幽かに幽かに顫えていた。造酒は鉄扇の持ち主を見た。

忽ち崩れた金剛の構え

中肉中丈で色白く、眉目清秀で四十一、二、頬にも鼻下にも髯のない、一個瀟洒たる人物が、黒紋付きの羽織を着、白縞の袴を裾長に穿き、悠然とそこに立っていた。千葉周作成政であった。

「む」というと平手造酒は、構えを崩して後へ引いた。と、周作は造酒に代り、田舎者千代千兵衛へ立ち向かった。

田舎者の上段は、なお崩れずに構えられた。それへ向けられた鉄扇は、一見いかにも弱々しく、そうして周作の表情には、鋭さを示す何物もなかった。

静かであり冷ややかであった。しかるに忽然その顔へ、何かキラリと閃めいた。その時初めて田舎者の金剛不動の構えが崩れ、両足でピョンと背後へ飛んだ。そうしてそこで持ち耐えようとした。しかしまたもや周作の顔へ、ある感情が閃めいた。とまた千代千兵衛は後へさがった。