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『わがはいはねこである』じょうへん

吾輩は猫である

夏目 漱石

一只没有名字的猫,蹲在主人身边看尽人间百态,吐槽起来比人类还犀利。跟着它的眼睛,你会发现这个世界有多荒唐又有趣。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 322,123 字 · 643 页

青空文庫

但し竪に長いのなら世間にその例もすくなくないが、この子のは横に長いのである。いかに流行が変化し易くったって、横に長い顔がはやる事はなかろう。主人は自分の子ながらも、つくづく考える事がある。これでも生長しなければならぬ。生長するどころではない、その生長の速かなる事は禅寺の筍が若竹に変化する勢で大きくなる。主人はまた大きくなったなと思うたんびに、後ろから追手にせまられるような気がしてひやひやする。いかに空漠なる主人でもこの三令嬢が女であるくらいは心得ている。女である以上はどうにか片付けなくてはならんくらいも承知している。承知しているだけで片付ける手腕のない事も自覚している。そこで自分の子ながらも少しく持て余しているところである。持て余すくらいなら製造しなければいいのだが、そこが人間である。人間の定義を云うとほかに何にもない。ただ入らざる事を捏造して自ら苦しんでいる者だと云えば、それで充分だ。

さすがに子供はえらい。これほどおやじが処置に窮しているとは夢にも知らず、楽しそうにご飯をたべる。ところが始末におえないのは坊ばである。坊ばは当年とって三歳であるから、細君が気を利かして、食事のときには、三歳然たる小形の箸と茶碗をあてがうのだが、坊ばは決して承知しない。