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とらわれ

囚われ

豊島 与志雄

「早稲田文学」1915(大正4)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,848 字 · 42 页

青空文庫

その午後富子と顔を合した時、彼は一人胸を苦しめながらこう云った。

「あなたはなぜ今日行かれなかったのです。」

「それじゃあなたは?」と富子は云った。

「行きたくなかったからです。」

「私も。」

二人はそのまま其処の椽側に屈んだ。富子は訴えるような眼付を彼の横顔に投げた。

「もう何かを余り考えないで下さいね。」

「何にも考えてはいません。」孝太郎はやはり正面を真直に見ながら答えた。

「ねえ!」暫くして富子はほっと息をした。

「私ほんとにあなたに済みませんわね。」

「そんなこと仰言っちゃいけません。誰も悪いんじゃないんですから。」

「私はもう何にも云うまい、自分一人で自分の苦しみを堪えてゆこうと幾度思ったことでしょう。それでもやはり何かに頼りたかったのでした。あなたの前に何だか黙っては居れなかったのですもの。……ほんとに私はどうすればよかったのでしょう。」

「過去のことはもう何にも云いますまい、ね。ただ未来を見つめて生きましょう。それの方がいいのです。」

「未来ですって?」

「ええ、」と答えたが孝太郎は急に何かに引き戻されたような気がした。「余り考えるといけません。」

「偽りを仰言っちゃいやです。