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トソンラン

土城廊

金 史良

「文芸首都」1940(昭和15)年2月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,752 字 · 52 页

青空文庫

「何だや」

「何って、まだ知らねえのか」と老婆は目をむいて近寄り相手の耳に両手を当てて囁いた。

「元三と先達の婦がくっついたのさ」

先達はその噂を聞き込んで以来、一層目に見えて病気が悪くなった。目はますます疑り深く底光り、脣はいつも白く乾いていた。

彼は以前とは打って変って、この二三日は明方早くから雨をおかして出掛けさえした。そして深い雨霧が街路灯に薄黄色い円を描く夜明けの街や、野菜や真桑瓜売りの荷車が雑沓する市場や、静かに濡れそぼつ大同江の船着場などをとぼとぼ徨い歩いた。驚いたようにふと立ち止ることがある。又ぶつぶつ呟いたりした。この頃は殊にどうしたのか故郷のことがよく憶い出されるのだ。静かに頭を振りつつ忌々しい追憶から逃れようとしても、知らぬ間に彼の目の前には広漠とした郷里の田地がちらついて来る。岡の麓にはアカシヤの立っている村がある。子供の頃草刈りの帰りなど、小牛に乗ってよく澄み渡る声で歌ったあの畦道。

春は苗代。夏は除草。秋は刈入れ。百姓は田圃の中に幾人も腰を屈めて列をつくり、対歌に打ち興じつつ進んでいた。大きな籠を頭に載せた娘達は田畦の方へやって来ると、手を振り振り弾むような声で叫ぶ。