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へんなおとこ
変な男
豊島 与志雄
「中央公論」1923(大正12)年8月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,508 字 · 81 页
」
澄子は驚いて彼の顔を見つめた。その視線を眼の中に受けると、彼は俄に狼狽の色を浮べた。眼を外らして、煙草に火をつけて、煙草の吸口を親指の爪先で、ぎゅっと押し潰し押し潰しした。そして云った。
「こんなことは、人に云うべきことじゃありませんが、あなただから云ったんです。誰にも云わないで下さい。」
「ええ。」
そう答えて、澄子は自分の胸の中だけにしまったが、そのことが妙に気にかかった。今井の云っただけのものでなしに、自分自身も関係しているような、そして何だか悪いことになりそうな、或る大きな影が、心の上に落ちかかってきた。
そして澄子がその方に気を取られてる時、一方では辰代が、以外なことを耳にした。
今井は越してきて、五月の末になると、洋食屋と鰻屋との払いだけを済し、それから五円紙幣を一枚出して、残りの下宿料と牛乳屋の払いとは、今暫く待ってくれと云った。辰代は別に気にかけないで、その通りにしておいた。それから六月の末になると、今井は如何にも恐縮したような顔付で、十円だけ差出した。金の来るのがどういうものか後れたので、とにかくそれだけ納めておいて、残りと諸払いとは暫く待ってほしい、と云い出した。